3年G組清麿先生 第45話
「鍵、開かれる時」


「えーっ!?まだ、渡してないーっ?!」
「ちょ、ちょっとティオ、声、大きい!」

放課後の教室で響いたティオの声に気を止めた者はいないようだった。いや、もしかしたら、どこかで耳をそばだてている者がいるかもしれないが。

「・・・どうして?せっかくしおりさんが持ってきてくれたのに・・・」
「だって、さっきの魔物騒ぎでガッシュちゃん飛んでいっちゃうし、そのあとすぐホームルームで授業終わっちゃうし・・・」

もじもじとうつむきながら、言葉を続けるコルル。その言葉は今にも消え入りそうで、そばにいるティオでさえ聞き逃してしまいそうだ。
2月14日。3年生は既に授業はほとんどなく、今後の進路に向けての準備期間となっている。週の半分は登校日となっているが、この日だけは、日曜でない限りは必ず登校日となっていた。

「・・・はぁっ」

コルルの言い訳を聞き終えたティオは、きっかり5秒の沈黙の後に、大きくため息をついた。
それから、ゆっくりとコルルの両肩をつかむと、その顔を上げさせ、瞳の中をのぞき込むような姿勢になる。

「いい?今から、ガッシュの、ところに、行って、チョコを、渡して、きなさい!」

ゆっくりと、言葉を句切り、言い聞かせるように、強い口調で。
瞬きすらせず、押し切るように丸め込もうとするティオに、コルルはただこくこくと頷くしかない。
しかし、そんなティオの強引な厚意も、コルルの流されるような決心も、次の瞬間、教室に駆け込んできたダニーの叫びの前に霧散してしまうことになる。

「おい!何か巨大な化け物が迫ってきてるぜ!!」

***

ここで時間は、半日ほど前にさかのぼる。
場所は、北極にある研究所。だが、この場所を知るものは数限られている。それは、ある国の軍事研究のための施設だからだ。
しかし、現在、この施設の中にはたった一人しか存在していなかった。

『最終テスト合格、おめでとう・・・D』

スピーカーを通して、老人の声が響き渡る。おそらく、その声を発信している場所は研究所から遠く離れた場所だ。Dと呼ばれた少年は、その事を理解していた。

『高名な数学者ですら苦戦すると言われる難題をあっという間に解き明かす君の力・答えを出す者(アンサー・トーカー)。その神髄を見せてもらったよ』

Dは答えない。全てのテストを乗り越え、外に出ることしか考えていなかった彼は、目の前に広がる吹雪の前に新たな計算を始めていたのだから。

『君の能力は素晴らしい・・・学問だけでなく、危険回避、難病の治療など・・・だが、大変に危険だ。そう、人の殺し方ですら、簡単に導き出されるのだからね。故に、我々は君を破棄することに決めた』

そう・・・生存のための計算を。

『君ならもう、答えは出ているはずだ。その状況で生き残る可能性が0だと言うことに。じきに爆破される施設・・・そして、大自然の前に、人間があまりに無力であることを』

答えは、出ていた。老人が言う通り、生き残れる可能性は全くと言ってない・・・不測の事態が起きない限りは。
そして、その兆候は、既にあった。
Dは、おもむろに、足元を掘り始めた。白雪をかき分ける音が、吹雪の轟風にかき消されていく。
掘り続けること数分、Dはそれを発見した。
ブローチのような、手のひらに収まりそうな楕円形の物体を手の中に収めると、彼は空を見上げた。

(爆発までは、あと10分というところか・・・)

「何か、見えるぞ!」

吹雪が、その体から体温を奪ってゆくその最中、行軍する一団の中で最も小柄な少女が、あらんかぎりの声を上げた。大きな声ですら、風の音でかき消されてしまう。
この場所が雪が強風で舞う北極の地でなければ、その一団は明らかに異様な一団に見られただろう。
小柄な少女を、立派な造型の鎧に載せた、剣士風の男。同じく小柄な少年をその背に乗せた、氷の角を生やした馬のような魔物。そして、すらりと背の高い、帽子とウェーブヘアが特徴的な少女に、民族服のような服にマントを羽織った、褐色の肌の少年。
明らかに、一緒に行動している理由が一目では分かりにくい一団だ。だが、彼らはたった一つの目的のため、わざわざ北極まで足を運んできたのである。

「あれは・・・何かの施設のようですな。しかし何故、このようなところに」
「さぁな。でも、あそこなら、『鍵』があってもおかしくはないんじゃないか?」

剣士の疑問の声に、小柄な少年が答える。剣士の名はアース。答えた少年はサウザーという名だ。

「そうね。鍵が何故、魔界門からはるかに離れた北極の地に飛ばされたのか、ずっと分からずじまいだったけれど・・・もし、人間がその謎を解き明かしていたとしたら・・・」
「! まさか、ファウードがこの地に隠されている、とでも!?」

ウェーブヘアの女性・チェリッシュの推測を、褐色の肌の少年・アリシエが受ける。

「・・・ここで議論していても始まらない。まずはあの地に向かおう」

それぞれの言葉を、アースに乗ったままの少女・エリーが締めた。
だが。

「ククク・・・残念ながらそれは無理だ」

不意に、呟くような声が割って入る。そして。

「オルシド・シャロン!!」

吹雪の舞う白い風景が、黒く染まる。
それは縄のように細く、無数に伸びると、一団を一瞬にして縛り上げてしまった。

「この・・・術はっ!?」
「よう、アリシエ。久し振りじゃねぇか」

口をふさがれていないために、アリシエは、その術を放った犯人の名を、口にすることが出来た。

「やはり貴様か・・・ザルチム!!」

黒き服に、白色人種とも思えるような青白い肌。だが、その頭部には無数の目が開き、光を放っている。その光が生み出した影が今、アリシエやアース達を縛り付けているのだった。

「鍵を狙う者がここに来ることはわかってたんでな・・・・待ち伏せさせてもらったぜ。残念ながら、お前らは全員、しばらくここで足止めだ」

顔の下半分をマスクで被っているためその口元をうかがい知ることは出来ないが、見ることが出来るのであれば、間違いなく彼の口元は怪しく笑みを浮かべていたことだろう。

「くそ! アース、何とかならないのか?!」
「面目ない!腕が、上がりませぬ!」
「くっ! 掌を合わせることさえ、出来れば・・・」

エリーが、アースが、チェリッシュが。それぞれ苦悶の声を上げる。
そんな中、一人目を閉じ、ゆっくりと囁くように声を出している者がいた。
その声は風にかき消され、ザルチムはもちろん、周囲の誰にも届いていない・・・そばにいた、彼のパートナーを除いては。

「よし、行けカルディオ!」
「パルパルモーン!」

サウザーの叫びに、彼がまたがっていた魔物・カルディオが吼えた。
次の瞬間、みるみるうちに小さくなっていくカルディオ。あっという間に黒い子馬のような姿に変化したカルディオはザルチムの影からの捕縛から一瞬にして逃れ、そのまま走り出す。

「パルパルモーン!!」

カルディオが再び吼える。サウザー達を運ぶために使用していた変化の術を解き、自由の身になった状態で再度術を発動したのだ。
一瞬にして、足が延び、氷の鎧を纏う形となったその姿は、白と黒が映え、雄々しさが見えるほどだ。
頭頂部から生えた氷の角が、突進の勢いのままにザルチムに迫る。

「チィッ!!」

慌てて身をよじり、その攻撃を避けるザルチム。だが、そのせいで集中力が乱れ、束縛の術が解ける。

「よし!」

拘束が解けた瞬間、真っ先に飛び出したのはアリシエだった。一気に駆け出し、ザルチムのすぐそばにまで迫る。

「何故、貴様がここにいる!」
「さぁて、何故だろうなぁ・・・貴様の後を追って、決着をつけたかったのかねぇ?」
「とぼけるな!お前のような奴が、何の理由もなくこんな所にいるわけがない!!」

拳を繰り出しながら、感情のままに言葉をぶつけるアリシエ。ザルチムは、それらをあざけるようにかわしていく・・・拳も、言葉も。

「アリシエ!今はそいつに構うな!」
「いや、コイツには聞きたいことがある!先に行ってくれ!」
「ハッ!人間風情が、調子に乗るんじゃねぇぞ!シドナ・ディップ!!」

ザルチムの右の掌から光が吹き出す。同時に、その先に現れる影の短剣。
素手のアリシエに対するには十分な武器とも言えたが、それをさばききるほどの実力を、アリシエは備えていた。

「かたじけない!行くぞアース!」
「承知!!」

そして、小競り合いの間に、一同を先に進ませる隙を与えてしまったザルチムは、小さく舌打ちしながらも、目の前のアリシエに対処する以上の事が出来ないでいた。

(くそ・・・リオウ、あとは貴様次第だぜ・・・)

「なんだ、あいつは・・・」

獅子のたてがみのような長い髪を風になびかせた、4本の足を持つ男−をリオウと言う−は、見下ろした先にある施設の目の前に立つ少年を眺めていた。
逆立つ髪は吹雪の中でも揺るがない。何か悲壮すらも感じられるまなざしは、地面の下を向いている。
一見うつむいているようにも見えたが、その場にしゃがみ込み、何かを掘り出したとき、たてがみの男は目の色を変えた。

「鍵・・・だと?!」

次の瞬間、男は跳躍し、少年・・・Dの前に立ちふさがる。

「貴様!今手にしたものをこちらに渡せ!」
「・・・誰だ、お前は」

Dは、突如現れた異形の者に対して全くひるまなかった。それどころかにらみつける格好となっている。

「私が誰であろうとかまわんだろう。私にはその鍵が必要なのだ。さぁ、渡せ!」

が、リオウも気合いを込めて恫喝の声を上げる。
彼には、譲れない理由があるのだ。
だが。

「・・・なるほど、この鍵とかいうもので兵器を起動させるのか」

つぶやくようなDの声に、リオウの顔がみるみるうちに青くなっていく。

「き、貴様!なぜファウードのことを知っている?!」
「知っているわけではない・・・だが、そうか。その兵器はファウードと言うんだな」

アンサー・トーカー。どんな難解な数式の解や難病の治療方法、果ては未知の文字の意味すらも、一瞬にして答えが頭の中に浮かんでくる・・・いわば超能力だ。
その適用範囲の幅広さは軍事にすら使用出来ることから、利用価値を見出されたDは隔離され、研究材料としての生活を、幼少の頃から送っていた。

「・・・貴様には縁のない話だ」

リオウが、一度は上がった声のトーンを再び落とす。
彼はファウードの奪取に全てをかけているのだ。自分自身だけではなく、一族の復興のために、力を誇示しなければならないのだ。
だが、Dの立場は全く逆だ。その鍵を渡そうが渡すまいが、今のままでは命を落としてしまうことは確実であり、また、背負うべき家族も守るべきものも存在しない。
彼の母は、Dを1万ドルで売り渡したのだから。

「渡す必要はない」

が、Dはリオウに拒否を宣言した。
彼の頭の中にはすでに答えが出ていた。現状況を打開し、死を回避する手段だ。
紫電の眼光は、既に彼の視界に映っていた。

「リオウが近くにいることは確実・・・でも、間に合うの?」

雪原を失踪しながら、チェリッシュがアースに問いかける。
アースはその体を覆うマントを閃かせながら走る。答えはない・・・それは、確信を持って答えられる自身がないから、だろうか。
そんな彼らの眼前を、巨大な光がほとばしった。
巨大な光の柱はまるで、巨大な樹木のように、周囲に枝葉のように光をまき散らす。

「あれは・・・光、いや、雷か?!」
「あんな強大な術を・・・まさか、ファウードが!?」
「いえ・・・ファウードの力はあんなものではありません。しかし・・・あれほどの力を出す魔物には心当たりがあります。たった一人・・・」

驚きの声を上げるチェリッシュとエリーに、アースは、重い声で言い放つ。

「雷帝・・・ゼオン!!」

電撃が、一瞬でリオウを包み込んだ。おそらく、立ち上がる力すら無くなっているだろう。
そしてその雷光は、Dが暮らしていた施設に仕掛けられていた爆薬に引火し、さらなる爆発を巻き起こした。
爆風の中、Dは何かに包まれるような感触に包まれ、次に気付いた時には別のどこかに移動していた。

「はじめまして、というべきか。人間の少年」

目の前に、銀の髪の少年が立っていた。銀色のローブを身に纏った少年は、その指先をDの方に向け、言葉を続けた。

「お前、俺の存在に気付いていたな。そして、ファウードのことにも」
「ああ・・・死を、覚悟していた。だが、生きるための答えを見つけ、今、こうして・・・ここにいる」

呟くようなDの言葉に、少年は唇の端を怪しくつり上げる。

「面白いことをいう奴だ。オレはゼオン・・・ファウードの力を奪うために来た」
「そうか・・・なら、これは、お前が使え」

Dは、握りしめていたブローチのようなものを差し出す。掌におさまっていたそれは、破損することなく、鈍い光を放っている。
ゼオンは、楽しそうな顔でそのブローチ・・・『鍵』を受け取る。

「いいだろう・・・これで、ファウードはオレのものだ」

受け取った『鍵』を額に当てる。魔力を込めた瞬間、その先端から針のようなものが生まれ、その頭蓋骨に突き刺さる。だがそれは痛みを生み出すことなく頭蓋骨を貫通し、脳に到達する。
次の瞬間、ゼオンの頭の中に無数の情報が流れ込んできた。それは、ファウードに関する様々な情報だった。扱い方、その武装・・・そして、現在の所在地。

「ククク・・・鍵がこんな地の果てまで飛んでいったと知った時には驚いたものだが、その理由が今分かった。惹かれあったのだな・・・鍵と本体が」

含み笑いが、やがて高笑いに変わる。
うれしさを隠すことなく天に向かって笑い声を上げるゼオンの様子を、Dは表情一つ変えず、ただ、見つめていた。

「・・・貴様も、来るか?」

ひとしきり笑った後、再び視線を戻したゼオンが問う。
Dには迷う理由がなかった。既に彼は二度死んでいる。一度は家族に売り飛ばされた時に、その名前を。そして・・・売られた研究所に捨てられ、存在意義を。
もはや、生きる理由も、生き延びる手段も無くなったはずだった。だが、それでも生きているのなら、その命を救ったこの少年に、ついて行くことも悪くない。そう、思った。

「名は、何という?」
「D。それだけだ」
「・・・記号か。なら、お前は今から『デュフォー』だ。そう名乗れ」

言いながら、ゼオンが手を差し出す。その手を取ったD・・・いや、デュフォーは、唇の端に笑みのようなものを、浮かべた。

「さぁ、行くぞ!ファウード復活の時だ!!」

そして・・・その数分後。
最北の空に、巨大な人型兵器・・・魔導巨兵ファウードの方向が轟き渡ったのである。


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