3年G組清麿先生 第46話
「ファウード」


突き抜けるほどの快晴だった。
午後の診療が一段落し、一時の休息の時を、自らの診療所前で楽しんでいたアポロは、ふと、何かに気がついたように空を見上げ、ぽつりと呟いた。

「あと・・・1時間もないか。日が沈む前にたどり着くとはね」

テーブルには、複数のカップが並んでいた。つい先ほどまで、診療所を訪れていた客のものである。
視線をテーブルに戻したアポロは自らが口を付けていたカップを置き、立ち上がる。

「これでは、準備も思うままに進まないだろうし・・・ブラゴ君が私の言う通りに動いてくれるかどうかも分からない・・・か。でも、任せるしか・・・ないからね」

一陣の風が、海の方から吹いてくる。
その風上には、モチノキ中学校があった。



「なんとか、侵入だけは、出来たわね」
「パルパルモーン・・・」

チェリッシュは、安堵のため息をついた。その横では、カルディオが荒く息を吐いている。

ゼオンが、ファウードを復活させたその直後。
アースたちはカルディオの背にまたがり、北極の地に現れたファウードの体内へ、飛び込むように入り込んだのだ。

「だが、おそらく我々の位置はほぼ把握されていると思っていいだろう。コントロールは既に握られてしまっている」
「雷帝ゼオン・・・噂は聞いていたけど、まさかリオウからファウードを奪うなんてね・・・」

魔導巨兵ファウードとは、過去に魔界より人間界に送り込まれた巨大兵器である。魔界の一勢力がその力を誇示するために送り込まれてきたとが、当時の人間たちと、理解ある魔物たちにより、封印された。
とはいっても、正確には活動を停止させたに過ぎず、また、封印に携わった者たちが全員死亡していることから、その所在は謎のままであり、噂すらも風化してしまっていた。
だが数ヶ月前、魔界と人間界をつなぐ門が開かれたとき、同時に人間界に放たれたものがあった。それが、ファウードの鍵と呼ばれる制御装置だ。
魔界において法を守る地位を持つ一族の血を継いだ魔物アースは、その事態の調査と解決のために、魔界からやってきたいわば監査役である。

「こうなってしまっては、かつて出会ったあの男の言葉を信じる他にあるまい」
「ダルタニアンにシェリー、そして・・・バオウを操る者、ですか・・・」

エリーの言葉に、アースは思わず天を仰ぐ。そこには、まるで人間の体内を思わせるような肉壁があるだけだ。

(雷の力を持つ、ベル一族・・・ガッシュにバオウを引き継がせたのは果たして正解だったのか・・・早すぎるが,答えを出さなければならなくなってしまったな・・・)



そして、時間と場所は、放課後のモチノキ中学校に戻る。そこは既に戦場の様相を呈していた。

「全員集まれそうなのか?」
「ええ、生徒たちは皆、教室で指示を待ってくれています。ただ・・・」
「ただ?」
「高嶺先生が、行方不明で・・・どこにも、いなくて・・・!」

職員室で、グスタフ教頭に報告をしている鈴芽の声が、少しずつ小さくなってゆく。
それは清麿に対する心配と、怒られるかもしれないという恐怖感からだったが、当のグスタフは、眉一つ動かさずに、鈴芽に答えた。

「大丈夫だ。彼に関しては、気にしなくていい」
「え・・・でも、だって!」
「はい、ストップ」

驚きから、怒りの表情に変わろうとした鈴芽の肩をマリ子が叩く。

「わかるでしょ。今はそんな場合じゃないの。鈴芽にはこの後、大事な仕事があるんだから」
「う、うん・・・」

そう。鈴芽は校医として、今後ケガ人が出たときの処置をするという役割がある。謎の巨大兵器が日本に・・・しかもモチノキ中学に接近していると知らされた今、予想される被害を考えれば当然、彼女が行方不明になるわけにはいかないのだ。

「それに、教頭先生が言うんだったらきっと大丈夫よ・・・そうでしょ」
「うん。校長先生が言うよりは、信用あると思う」

「ぶぇーっくしょん!!」
「風邪ですか・・・校長?」
「いや・・・気にすることはない」

同時刻、校長室。
そこでは、今後の作戦を立案するために部屋を訪れたシェリーが、妖精の衣装に身を包んだダルタニアンの元を訪れていた。

「それで・・・どうでしょうか、この作戦は」
「ウム、いい作戦だ。・・・だが」

シェリーが持ち込んでいた書類に目を通し終えたダルタニアンは、机の上にそれを広げるように置いた。机の半分をきっちり残した形で。

「だが・・・?」
「これを見たまえ」

ダルタニアンは、おもむろに引き出しを開け、それまで見ていた書類とは違う紙束を取り出す。
分量にして数百枚はありそうなその書類をシェリーの書類の横に無造作に置いたダルタニアンが、視線をシェリーに戻す。それは促しの合図だった。
その合図に応じ、手にとった書類をめくり、数枚通したシェリーは、思わずその手を止めた。

「これは・・・?」
「3日ほど前に提出された、件の魔物への応対法だ。到達予測時間やその危険性、それを回避する方法について、書かれている」
「不思議なくらいに。私の出した案にそっくり・・・いいえ、もっと細かいところまでフォローされているわ・・・」

シェリーの頬を、一筋の汗がつたう。

「我々はすでに、その案で動いている。君には、3年G組の指揮を、頼みたい」
「え・・・」
「その書類を出した男にはまだ、やるべきことが残っているんだそうだ・・・よろしく頼むよ」

そして・・・1時間後。
巨大な魔物・ファウードは、モチノキ学園からでもその大きさを確認できるほどに、迫ってきていた。

「ふ、フォルゴレ先生!な、なんだいあれ・・・あんなの相手に出来ないよ!?」
「だ、だだだ大丈夫さ、きっとなんとかなる!この、無敵の3年F組、フォルゴレ先生がついてるんだからな!」
「しかし、いったい何なんだよあれは。なんの目的であんなもので攻めてくるんだ?」
「ガルザとか言う奴が攻めてきた時、ゾフィスの時、そして、今回。この学校に魔物が集まっている事を知っていて攻めてくる、その理由は・・・なんだ?」

事の詳細も知らされず、魔物討伐だけを命じられ、校庭に集められたF組とG組の生徒たちにはまだ具体的な指示はなく、ただ、巨大なその魔物のようなものに戦慄していた。
そんな中、神妙な顔をして話すダニーとエシュロスの背中を、ティオがばん、と叩く。

「そんな事、どうでもいいわよ・・・私たちの目的は一つ。あの巨大な奴からこの学校を、町を守る。それだけよ」
「それはいいんだけどよ・・・ガッシュとブラゴは何でここにいないんだ?」
「知らないわよ、そんなこと!」
「ティ、ティオ・・・!」

ダニーの何気ない言葉に逆切れしたのか、怒りに身を任せそうになるティオの後ろから、慌てた様子でコルルが駆けてくる。

「清麿先生も、まだこっちに来ていないって!」
「・・・なんですって?!」

そんなティオの言葉に反応したのはフェインだった。

「ちょっと待ってよ!それじゃ、いったい誰が私たちのに指示を出すのよ?! 体育祭の時も、文化祭の時も、先生がいたからこそ立ち向かっていけたのよ?おまけに今回の相手は今までの比じゃないわ!あっと言う間にこの学校ぐらい吹っ飛ばしちゃいそうなのに!」
「・・・私では、不安かしら?」

校庭の硬い土にヒールの足跡を付けながら、白き淑女が姿を現す。
ゾフィス戦の時と同じく、緑の宝石をあしらった杖を手に現れた女性の足下に、ゴフレが駆け寄る。

「シェリー、先生・・・」
「確かに、油断したらあっと言う間に命すら失ってしまいそうな相手だけど・・・みんなの力で乗り切りましょう。今までだってそうしてきたんだから」

シェリーの凛とした声に、ゴフレが小さく吼える。
そして、その声に従うように、G組の面々もまた、眼前に迫った巨大な影を見上げる。

「がんばりましょう。高嶺先生が戻ってくるまで」
「・・・ううん・・・」

シェリーは、希望を持たせたい、くらいの軽い気持ちで清麿の名を口にした。
だが、ティオは、そんなシェリーの言葉にかぶりを振る。

「今まで、私たちは先生にずっと助けられてきたわ・・・だからたまには、私たちで先生を助けてあげたいの」
「・・・そっか。先生はまだ、記憶が戻っていないんだもんね。そんな状態で今まで通り助けて欲しい、なんて言うわけにはいかないよね」

ティオの言葉に、コルルが同意する。そして、ダニーが吼えた。

「・・・よっしゃ、いっちょ気合い入れていくぜ!」

「見えたな」

ゼオンが、独り言のようにつぶやいた。
金属のような物質でできた柱が無数に立つ、大きな部屋だった。全天周を空のような青で彩ったその外観は、一言で言うなら『奇妙な荒野』だろうか。
立ち並ぶ柱の一つに腰掛けていたデュフォーが、隣の柱を玉座のようにして座るゼオンの周囲に展開されたモニターに目を移す。

「それで、おまえが探す相手とか言うのは、いるのか?」
「いや・・・まだ出て来てはいないようだ。だが、必ず姿を現すはずだ。奴にとって大切な場所を守るために・・・な!」

ゼオンは確信を感じながら、正面を・・・眼前に迫ったモチノキ中学校を見据える。
そしてデュフォーは、この世の全てに興味をなくしたかのような瞳を、ただ、虚空に向けていた。


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