3年G組清麿先生 第43話
「バレンタインはVと略せ(前編)」


「なぁ・・・ベルギムよぉ」
「なんだい? ビクトリーム」

とある場所、とある部屋。
そこでは二体の魔物が暇をもてあましていた。
ベルギムと呼ばれた魔物は、自らはベルギム・E・Oと名乗る。いつも巨大な椅子に座る巨大な魔物で、微動だにしないで言葉を紡ぐが、その口調は似合わず、軽い。
そして、ビクトリームと呼ばれた魔物。それは見事なVを形取った魔物であり、過去にガルザにそそのかされ、モチノキ中学を襲撃したこともあった。

「俺たちはよぉ・・・いつまでこうやってなきゃいけないんだ?」
「さぁな。せっかくこの世界にやってきたのにすーぐに変なジジイに見つかって閉じこめられた身分じゃあ何もわかんねぇよ。外で大暴れすることが出来たビクトリームとは大違いさ!」
「バカ野郎! オレ様はオレ様で大変だったんだぞ! 生き別れた我が胴体を探し求め、長く・・・それはそれはつらい旅を続けたあの日々を、貴様は知る由もあるまいっ!!」

とりあえず、ビクトリームの長くつらい話については一旦置いておこう。
ベルギムはモチノキ中文化祭の日に、ゾフィスの生み出した魔界門を通ってこの世界に現れた。だが、他の魔物達とともにモチノキ中に向かおうとしたところで、「何でも知っている不思議な博士」と名乗る男に声をかけられたのである。


「君は・・・あの門が不安定であることを知っているのかね?」
「あんた・・・何者だ?」

その巨体にも、門から降りてくる時に椅子をぐるぐると回転させながら降りてきた、いわゆる異様さを感じさせる存在にすら、物怖じもせずに声をかけてきた人間。
そんな人間だからこそ、ベルギムも興味を持ったのかも知れない。

「あの門は遅くとも、日が変わる頃までには閉じてしまうだろう。そして門が閉じた時、そこから出て来た魔物達は全て、魔界に強制的に返される」
「な、なんだってそんなことを知っているんだ!? 人間のくせに!」

驚きの声を思わず漏らしたベルギムに、シルクハットに右手の人差し指を当てながら、その人間は名乗りを上げる。

「私の名前はナゾナゾ博士・・・何でも知っている不思議な博士さ。もちろん、君をあのこの世界につなぎ止める手段も知っている」
「ほ、本当に!?」
「ああ。とある契約さえしてくれれば、ね・・・」


「今にして思えば、アレは悪魔の囁きだったんだよなぁ・・・確かに本の契約でこの世界に居残ることは出来たけどよぉ、気がついたらどんな強力な術も通さない変な壁に囲まれたへんぴな部屋にご招待だぜ? せっかく、楽しい出来事がたくさん待っていると思っていたのによー!!」
「愚痴は見苦しいぜ・・・ベルギムちゃん」
「ちゃ、ちゃん・・・?」

それまで、座り込みながらベルギムの愚痴を聞いていたビクトリームはそこで立ち上がり、はるか頭上にある彼の顔を見上げながら人差し指を立て、左右に振る。

「経緯はどうあれ、今の俺たちが考えないといけないのは、ここからどうやって出るか・・・その一点につきるのではないかね?」
「おぉ・・・言われてみればそうだ。頭いいな、Vちゃん」
「Vちゃんはやめろ! 私は『華麗なるビクトリーム様』だっ!」
「なんで自分に『様』付けなんだよ?」
「シャーラーップ!!」
「ついには逆ギレかよ・・・」

呆れたような声を出すベルギムをよそに、ビクトリームの熱い語りは続く。

「いいかねベルギム・E・O。確かに長い間、我々は閉じ込められて来た! 落ち葉舞い散る懐かしき季節、遠く離れた我が肉体と運命の再会を果たし、いよいよ我々の復讐の機会が訪れようとしたまさにその時!あのなんとかいう博士に運悪く見つかり、ナゾナゾに答えられなかったという理由だけで外の景色も全く見えないこの監獄に入れられた! そして、雪降る季節に時がうつろっても、我々はここから出ることあたわず・・・つまりだ、我々はその存在を忘れ去られた可能性がある!」
「いや、飯はキッドとかいう小僧が毎日運んでたから忘れたということはないと思うんだけど・・・」
「しかるに! 我々がするべきことは!! その存在を大きくアピールするべくこの分厚い外への扉を攻撃し続けることではないのか!」
「忘れてはおらんよ」

まさにビクトリームの長い口上がクライマックスを迎えようとしたその時。
不意に、扉の向こうから聞こえる声・・・その声の主を、二人は忘れるはずもなかった。ついさっきまで話題にしていた人物その人なのだから。

「ジジイ!」
「おやおや、私の名前も忘れてしまったのかい? 私の名前はナゾナゾ博士。なんでも知っている不思議な博士、だよ」
「ごたくはいいっ! いいかげん俺達を扉の外に出してくれたまえっ! ハリーアップ!!」
「慌てるでない。私は君達にお別れを云いに来たのだ」

怒りに任せて言葉を荒げるベルギムとビクトリームをあしらうかのように言葉を紡ぎながら、ナゾナゾ博士はシルクハットのつばをきゅっ、とつまむ。

「少し、遠くに行かなければならない用事ができてね。いつ帰れるかも分からないことから、君達のことも解放することにしたのだ。だが・・・」
「だが?」

いつもの饒舌な口調はどこへやら、神妙に語るナゾナゾ博士の言葉に耳を傾けていたベルギムが、疑問の声を上げる。

「私がわざわざ扉を開かなくとも、君達は外に出られた・・・天井は破壊可能な物質だったのだよ」
「なにぃっ!」
「本当?!」
「ウ・ソ」

意外な事実を知らされ、驚きの声を上げた二体の魔物の時間が止まった。
凍りついた表情のまま数秒の間動けなかった二人だったが、やがて、乾いた音と共にビクトリームの頭部が胴体から離れ、宙に浮かぶ。

「・・・グロリアス・レボリューション、3・6・O!!」
「だぁっ、やめろビクトリーム! 俺に光線が当たるーっ!!」
「ハッハッハッ、仲良きことは良きことかな」

怒りに我を忘れたビクトリームとそれをなだめようとするベルギムの様子を楽しそうに眺めながら、ナゾナゾ博士はほほ笑みを浮かべる。

「この扉のカギは開けておくよ。それから先は、君達自身で行動を決めるといい」

そう言い残すと、博士は魔物監禁室から離れた。
日本での滞在地であった屋敷の一部を改装して作った一室は、地上からは長い階段を下った先にある。
その階段を上りきり、地上に出た博士は、空に浮かぶ月を眺めながら、ぼそり、とつぶやいた。

「猶予は少ない・・・急がねばならんな」

 

2月14日、午前6時。
水野家のキッチンは、漆黒の海に沈んでいた。その色の正体は周辺にまき散らした半解けのチョコレートやらカカオパウダーやらで、なんとも甘ったるい匂いに包まれていた。
その中心で、自らも真っ黒に染まりながら、水野鈴芽は集中を解くように、小さく息を吐いた。

「ふぅ・・・やっと、できたわ!!」

それは、小さなハートマークのチョコレートだった。目・鼻・口をホワイトチョコでデコレーションされたチョコレートは、まるで誘惑するかのようなウインクをしている。
本当ならもっと大きなサイズで作ろうとしていたのだが、そのための材料は、キッチンを染めるのに使ってしまった。

「なんとか間に合ったわ・・・でも、本当の戦いはこれからよね!」

鈴芽は、ぐっ、と拳を握りしめた。
彼女の脳裏に、過去の映像が蘇る。それは、1月6日のことである。


「もう、帰っちゃうんですか?」
「ええ・・・仕事のスケジュールがいっぱいでね。今日もこれからお仕事なの」

清麿への担任業務の引き継ぎを終えた恵がてきぱきと片付けをしている様を、紙コップを片付けながら目で追う鈴芽。

「じゃあ、またしばらくはこっちには・・・」
「来れないと思うな。なんせ、2ヶ月も仕事に穴を開けちゃったし・・・週刊誌じゃいろいろ言われているらしいもの」

ふう、とため息をつくその仕草も魅力的だなぁ、と思いつつ、「だ、だめ!だめ!」と首を振る鈴芽の仕草を、恵もまた、楽しそうに眺めている。
だからだろうか? 下唇に人差し指を当てながら次の言葉を放ったのは。

「そうね・・・でも2月14日は、こっちに来ようかな」


「いつも勇気が足りなくてちゃんと渡せなかったけど・・・今年はライバルも多いし、絶対渡さなくちゃ!」

そう、鈴芽にとってのライバルは恵だけではない。
教育実習に来ていたしおりも、連絡はないがきっと来るに違いないと、鈴芽は考えていた。
他にも、モチノキ中学には魅力的な先生が揃っており、油断は全く出来ない。
そんな強い決意を心に固めた鈴芽の鼓膜を・・・目覚まし時計のけたたましいベルが叩いた。

「え・・・も、もうこんな時間っ!? 早く片付けて準備しなくちゃ!!」

こうして、水野鈴芽のバレンタインデーは、あわただしく開始されたのである。

 

「ガッシュちゃぁーん!!」

元気のいい声とともに、頭の上で縛った水色の髪が揺れる。
パティのガッシュへのアタックは、もはや3年G組では見慣れた光景となっていた。最初の頃はティオが割り込んできては大喧嘩になっていたが、最近ではティオの方があきれたのか、すっかり放置状態となっていた。

「ねぇガッシュちゃん、今日は何の日か知ってる?」
「ウヌ?」
「バレンタインよ、バレンタイン!」
「ブリンタイン?! ブリの特売日か!?」
「あり得ないボケかましてんじゃないわよ!!」

ひたすらガッシュの体にすり寄っていたパティの表情が、一瞬怒りに包まれる。
その表情の前に冷や汗をたらしたガッシュを横目で見ながら、コルルは小さくため息をついた。
そして、さらにその横でコルルの様子をうかがっていたティオは目を細め、口に手を当てながら声をかけた。

「それで、コルルはいつ、ガッシュにチョコを渡すの?」
「え、ティ、ティオ?! あの、えっと、別に私はそんな・・・」
「とぼけても無駄よ。さっきしおりさんが来て、大事なものだからってわざわざ私に預けたのよ、これを!」

そう言いながら、コルルの目の前に包みを掲げるティオ。それは白い箱にピンクのリボンがきれいに飾られた、一目で手作りとわかり、なおかつかなりの器用さが伺えるプレゼントの包みであった。

「あ・・・っ・・・」

その包みを見たとたん、コルルの顔が真っ赤に染まる。どうやら、今日のティオの興味はコルルにあるようだ。

「でもしおりさん、よっぽど急いでたのね。あっという間にどこかへ走っていっちゃった」
「あ、それは多分、お姉ちゃんも渡す人がいるから・・・だと思う」

いつも控えめなコルルの口調が更に控えめになる。その様子を楽しそうに眺めながらも、ティオにはクラスの様子をうかがう余裕もあった。
自分がチョコをもらえるという自信に満ちているのか、自信に満ちた表情で腕を組みながら椅子に座りじっと待つエシュロス。
この日が持つ意味を知らないのか、裏庭の秋山用務員の所に行ってしまったスギナ。
なにやらそわそわとした様子で貧乏揺すりを続けるダニー。
そんな中、ブラゴはつまらなそうに窓の外を眺めていたが、ふとある一点に目が留まると、おもむろに立ち上がり、教室を後にした。
その突然の行動にクラスメイト達は一瞬沈黙したが、「触らぬ神に祟りなし」とばかりに、もとの行動に戻っていく。
唯一興味を持ったティオが窓の外に目をやると、そこには白いドレス姿の女性と、一度見たら絶対に忘れないシルエットの魔物が対峙しているのが見えた。

「あ、あれって・・・」

「つーいに戻ってきたぞ・・・我が屈辱の地へ!!」

ビクトリームは感慨の余り涙を流しながら、モチノキ中学の校門前に立っていた。

「忘れもしない・・・我が頭部と胴体が生き別れになった、悲しみの大地! だが今!復讐を果たすことで我が雪辱も晴らせよう! そう!あの黒い男を倒すことによって!!」
「・・・学校の前で大騒ぎしているのは、あなたかしら?」

そこに、さわやかな風をまといながら、白き天使が舞い降りた。
いついかなる時もその白い装束に変わりはなく、一糸たりとも乱れることはない・・・清らかな心と高潔な魂を持つ、モチノキ中学の非常勤英語教師。

「申し訳ないけれど、生徒達の授業の邪魔になってしまうわ。騒ぐのならよそでやってくれないかしら」
「ヌゥ? 何者だ貴様は!?」
「シェリー。この学校の教師よ」
「フン、教師ごときが、我が大いなる復讐劇を止めることなど出来るものか!」

叫びを上げながら、体内の魔力を腕に集中するビクトリーム。
力ある叫びと共に、その腕は丸く、大きな物体へと変化を遂げようとしていた。
だが。

「食らえ!マグル・ヨー・・・」
「グラビレイ」

ずんっ!
その物体は、突然降りかかってきた大きな重力の前に、ビクトリームの肉体ごと大地にたたきつけられた。

「この、術は・・・」

その様子に驚く暇もあればこそ。
シェリーは、背後に一人の男が立っていることに気配で気がついた。

「全く・・・懲りると言うことを知らない馬鹿もいたものだな・・・」

黒き装束に身をまとい、鋭い眼光で全てを射抜く、孤高の魔物、ブラゴは、相変わらずの不機嫌そうな顔で、驚くシェリーの様子をうかがいながら、言葉も出せずにいるビクトリームを見下ろしていた。


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