クロスオーバーものの細かな矛盾には突っ込まない方が身のためだから・・・そんなあなたのためのSS
「スペシャリスト!瞬(ハヤテ)」。

 

「ハヤテ!」

ぱたぱたと廊下を駆けながら、視界の先にある少年の名を呼ぶツインテールの少女がいた。

「? どうしたんですかお嬢様、そんなに急いで」

そしてはたきを手に、三角頭巾を頭に被ったタキシード姿の少年は、自分が呼ばれたことよりも、わざわざ用件を伝えるために自分のところにまでやって来た主人の用事の方が気になっていた。

少年の名は綾崎ハヤテ。少女の名は三千院ナギ。
二人は一件普通に見えるが全然普通じゃない出会いを経て、ごく普通の主従関係となっていました。
ただひとつ違っていたのは、ナギが大富豪の娘で、ハヤテが彼女に一億五千万の借金をしていることぐらいなのです。

「ちょっと待て、なんだそのごく普通の主従関係って」

・・・ナレーションに突っ込まないでくださいナギさん。

「というか、何か用事があったんじゃないんですか?」
「おお、そうだった!ハヤテ、ちょっとついてきてくれ」

この時ハヤテは三千院の屋敷内を掃除する時間ではあったが、主人の命令の方が優先度は高い。
そんな主人の手招きに応じ、ハヤテは客間に通される。

「お客さん、ですか?」
「ほら、以前に必殺技を習得したいって言っていただろ? だから、友人のつてを頼って、スペシャリストを呼んだんだ」
「スペシャリスト?・・・必殺技の?」

ハヤテは一瞬首をかしげたが、ナギの言葉の意味は、部屋に通された瞬間に理解することになる。

最初に目に移ったのは、白と黒の二色だった。そして、それが二人の人物であることを理解するのに時間はかからなかった。
白い衣服をまとったいたのは女性だった。いかにも高価な作りのドレスに、黄金の縦ロールが印象的である。
そして、黒い服をまとうのは男。しかし毛皮を象徴するかのような黒い毛並みの上着と、隙間から見え隠れする網シャツは、明らかに、白い衣服の女性といろいろな意味で対象的だった。

「紹介しよう。ベルモンド家の当主、シェリーさんとそのお友達のブラゴさんだ」

そして。
黒の男が無造作に手をポケットに突っ込んだまま、鋭い視線を自分に向けられた瞬間、ハヤテはあることを瞬時に直感した。

(こ、この人たち・・・必殺技とか確かに持っていそうだけど・・・まずそれ以前に住んでいる世界が全然違う・・・っ!!)

「ナギ・・・この人がそうなの?」

その、緊張に包まれ駆けた空間を理解したかのように、シェリーが口を開いた。

「ああ。ハヤテは誰にも負けないぐらいのものすごい必殺技を会得して、その力で私を守ってくれると誓ってくれたのだ!だからぜひ、シェリーの力を貸してほしい!」
(い、いつ、そんな約束を・・・っ?)

ハヤテの顔に縦線が入った。
ちなみにこのお話は、ハヤテが必殺技を意識しはじめてから、その理由にヒナギクが絡んでいることをナギに誤解(?)されるまでの間の時間軸を想定して書いているので、そのおつもりで。

「そうね・・・そういうお話なら、私よりもっと適任の方がいるわ。電話をお貸しいただけないかしら」
「あ、はい・・・じゃあボクのを」

ハヤテに手渡された携帯電話を手に、華麗な手つきである場所に電話をかけるシェリー。
なお、シェリーとハヤテの手が触れ合った瞬間、ナギの顔色が変わったりもしたのだが、それに気づけるものはこの場には存在しなかった。いや、ブラゴだけは気づいたのかもしれないが、興味がないのか微動だにしない。

「あら?そんなに私が連絡を入れるのが珍しいかしら?・・・ええ、そう。今回は関係ないの。少しあなたの知識を借りたいと思って・・・」

数分後、シェリーは電話を切ると、さらさらとメモを書いて電話と一緒にハヤテに手渡す。

「その住所の場所に行ってご覧なさい。きっと、あなたの望みが叶うと思うわ」


「と・・・言われて来たはいいけれど・・・」

ハヤテの背中を、冷たく、乾いた風が駆け抜けた。その視線の先には、いかにも道場、といった感じの木製の門がある。
ふと、視線をあげると、これまた古風に右から左へ、その場所の名前が記されている。

梁山泊と。

(なんか来ちゃいけないところに来てしまった気がするー!?)

青ざめた表情でその門をただ見つめ、立ちつくしているだけのハヤテ。その時、携帯の振動がハヤテの思考を呼び戻した。

「っと・・・はい!」
『えーと、綾崎くんの携帯で合ってるのかな?』
「ええ・・・あなたは?」
『ああ、オレはシェリー・・・さんからその場所を紹介するように頼まれた高嶺という者なんだが・・・ちゃんとたどり着けたか心配になってね』
「あ、はい、ちゃんとたどり着くことは出来ましたけど・・・なんだか、すごく本格的な気が・・・」
『それはそうだろう。そこはあらゆる格闘技を極めてしまった者達が集う場所だからな。空手、ムエタイ、中国拳法に柔術・・・それに武器の使い方まで教えてくれるかもしれないな』
「それは・・・確かに・・・」

電話先から流暢に解説してくる少年の言葉に、ハヤテの気持ちがわずかに揺れる。

(それだけの技をいろいろ身につけられるのだったら・・・その特長を生かした必殺技も身につけられるかもしれない・・・)

だが、そんな思いは次に放たれた一言であっさりと崩れ去る。

『まぁ、それだけあっても月謝は五千円だ。お得だろう?』
「え・・・お金、取るんですか?」
『そりゃ、一応教えてもらう立場になるわけだしな・・・ってこら!やめろガッシュ!』
『きーよーまーろー!早く公園に行くのだー!』
『ったくしょうがねぇな・・・済まない、もう切るよ。がんばってくれよ、じゃな!』

ぷつっ。

唐突に切れた電話から聞こえる無情な機械音を耳に、ハヤテは軽い絶望感を味わっていた。

(た、ただでさえ・・・一億五千万の借金を背負っているのに学校にまで通わせてもらっている立場なのに・・・これ以上、お嬢様に何かの出費までさせるわけには・・・いかない・・・)

こうして。
綾崎ハヤテは有料地獄巡りとも言われるほどの道場の前に、「地獄巡り」でなく「有料」という面で敗北したのだった。


<了>