「高嶺く〜ん!」
ガッシュを連れて下校していく高嶺清麿の後ろを、手を振りながら追いかける水野鈴芽の姿。
クラスメイト達の間ではもはや当たり前の風景になっており、清麿にとってもまた、いつも振り回されっぱなしの二人を連れて歩くことが慣れっこになっていた。
「・・・それでね、今日はね・・・」
一方的に話しかける鈴芽の言葉を聞いていた清麿はふと、見慣れないものを目にした。
黄色と黒のストライプで飾られた金属製の柵、そして中を見せないようにするために張られた白い布には、「安全第一」と記されている。
「工事か・・・このあたりでは珍しいな」
「あ、そういえば今日は、確か古くなったデパートの取り壊し作業があるって、ニュースで言ってたよ」
「そういや、ここにあったデパートってインチキ商品で客が入らなくなって、このあいだ潰れたんだっけな・・・」
「社長、準備はよろしいですか?」
『ああ、いつでもやってくれ!』
トランシーバーの向こうから、元気いっぱいの社長、工具楽我聞の声が響いてくる。
冷静にノートパソコンのキーボードを叩きながら、國生陽菜は目の前の建物をちらりと見た。
今回の解体対象であるデパートは老朽化したわけではないが、時代の流れに逆らえなかった象徴であるかのように、どことない寂しさを醸し出していた。
「しかし、また発破代わりの柱破壊をやるとはねぇ〜」
「まぁ、今回は時間制限も厳しいから、仕方のないところじゃがのう」
「かと言って、また車のボンネットを凹まされても困るのですが」
のほほんと様子をうかがうメガネの女性・森永優と、不安げな表情で建物を見上げる白髭の老人・仲之井千住の表情に、陽菜の一言で吹雪が舞う。
「・・・だ、大丈夫だよ!一応アレでも社長なんだし!」
「そうですな。そうでなければ困るからのう」
「だといいんですが・・・」
小さくため息をつきながら、陽菜は最終手続きを終了させた。
「これでよろしいですか、優さん」
「ん・・・おっけ! やっちゃって!」
「では社長、いきますよ! カウントダウン、5秒前!」
「セイジ君、着きましたよ!起きてください!!」
「んあ〜・・・?」
寝ぼけ眼の金髪少年・沢村正治の頬を、緑の髪をした少女が引っ張る。
声だけを聞いていれば仲むつまじく思えるこの二人だが、よく見てみると、正治の頬を引っ張るのは、彼の右手にいる、人形のような少女だ。
彼女の名前は春日野美鳥。正治のことを一途に思うあまり、彼の右手に寄生してしまった、純情少女である。
対する正治は女にモテない生活を送っていた矢先にそんな出来事があったものだから、どこまでもまっすぐな美鳥の気持ちに、どうにも正直に答えられないでいる。
「ほらぁ! 宮原さんが危ないんでしょー!!」
「! そうだった!!」
まるで跳ね飛ぶように起きあがった正治は、ばたばたと電車を降り、ものすごい勢いで改札を通り抜けた。その勢いは止まるところを知らず、駅前通りを一気に駆け抜ける。
「まったく、ミヤの奴も、こんな所まで連れ去られてるんじゃねぇよ! 電車もバカにならねぇんだからよ!」
(でも、それでも心配して、駆けつけちゃうんですよね、セイジくんって・・・)
額に汗をかきながら駆け抜ける正治を、彼に一番近い場所で見つめる美鳥。いや、全力で走る彼の腕にいる彼女は、ぶんぶん振り回されていて目が回る直前だったりするのだが。
さて。
ここで筆者はお詫びを入れなければならない。
今回のタイトルに「すれ違い」という言葉を使っているのだが、実際の所、彼らはすれ違ったわけではない。
そう。工事中のデパート前の角を曲がる清麿達、そしてそのデパート横を駆け抜ける正治達は、まさに絶妙のタイミングで、同じ角を曲がろうとしたからだ。
その結果、どうなるかは、誰の目にも明らかだろう。
すごい勢いで突っ込んできた正治と、鈴芽やガッシュの方に気を取られていた清麿は激しくぶつかり合い、鞄がはじけて宙を舞った。
「あったたたた・・・」
「なんだよ、いったい・・・」
「だ、大丈夫ですか、セイジ君!!」
お互いに頭を振りながら状況を確認しようとする清麿と正治、そして思わずその安否を気遣おうと、美鳥は声をかけ、打ち付けた部分を確認しようとする。
だが、そこに人目があるということは、すっかり忘れ去っていた。すると、こういう事が起こる。
「お・・・お人形さんが・・・しゃべって・・・っ!」
「ウヌ? どうしたのだ、鈴芽!?」
くらり。
鈴芽の思考が、ふうっと、虚空に消えた。
衝撃的な出来事にめまいを起こした彼女の体は、そのまま崩れ落ち、あわててガッシュがそばに駆け寄って助けようとする。
だが、ここで第2の激突の時がやってくる。
「脱出ッ!!」
だんっ!と、柵に手をかけて一気に飛び越える、メットに作業服の少年。
だが、その着地地点には、黒いローブがあった。
そして、そのローブに身をまとった少年は、目の前の光景に対応するのが精一杯で、上空からの落下物に、対応できる余裕はなかった。
「ぐえっ!?」
「ん・・・?なんか、足元が柔らかいな・・・ってああっ!?」
結局、ガッシュの助けを借りれなかった鈴芽は、そのまま清麿に寄りかかるようにして、気を失ったのだった。
***
「なるほど、それじゃその子は本当に魔物じゃないわけだな」
「しつこいぜ! まぁ、あんたの話が信用出来ないのはこっちも同じだけどよ」
気絶してしまった鈴芽を柵に寄りかからせたその横で、清麿と(すぐに目を覚ました)ガッシュ、そして正治はお互いの事情について話していた。
美鳥の姿を確認した瞬間、思わず「魔物か?!」という言葉を口走ってしまった清麿、そして思わずその姿をさらしてしまった美鳥・・・立場の違いはあるものの、お互いに秘密を持つもの同士であることは同じである。
だが、その秘密を話し合ったとはいえ、やはりお互いに疑問が次々とわいてくるのは自明の理なのかも知れない。
そして、その様子を困った顔をして眺める少年・我聞は、その話の内容自体が飲み込めていないようで、全く口出しも出来ない状態でいた。
そんな時である。
「社長!何があったんですか!?」
駆けつけてくる、青いスーツの少女が、そんな我聞に声をかける。
「國生さん!? い、いや、ちょっと脱出に失敗して、子供に怪我を・・・」
顔中に汗をいっぱい浮かべながら、わたわたと両手を振って、陽菜に言い訳をする我聞。
そしてその言葉で、改めてあたりを一瞥した陽菜は、そこに展開している異様な光景に気付く。
「何やら、複雑なことが起きているような、そんな気がしますが・・・」
「いや、たいしたことはないよ」
不穏な表情を見せる陽菜に、清麿が立ち上がって答えた。
「ガッシュとそこの・・・我聞さんだっけ? 彼がぶつかったのは事実だけど、こいつはタフだし、怪我もたいしたことはなかったよ。それに、水野は全然関係ないことで気絶してるだけだから・・・そう、熱中症で」
清麿の「熱中症」という言葉に反応し、あわてて美鳥を隠す正治。彼が美鳥のことを隠してくれている、ということにとっさに気付いたからだ。
・・・季節のことを考えれば、熱中症にかかるというのはおかしいのだが。
しかし、美鳥のことに考えが移ったその瞬間、正治は頭の中からすっ飛んでいたあることを思いだし、ものすごい勢いで立ち上がる。
「いけねぇ!!ミヤの事、すっかり忘れてた!!」
「ミヤ?」
「ああ。俺の後輩が、不良どもにさらわれちまったんだ。だから追いかけて来たんだけどよ・・・急がねぇとどんな目に遭わされるかわかんねぇんだ」
「そうか・・・」
正治の言葉を聞きながら、清麿は一瞬考え込んだが、その後正治に向き直り、言葉を続けた。
「正確な居場所はわかるのか?」
「ああ。奴らが呼び出した場所の名前はわかってるから、あとはそこに向かうだけなんだが・・・」
「よし、なら俺が案内してやるよ」
「・・・いいのか?」
「ああ。この辺の道は地元の俺の方が詳しいし、見たところ、その手紙、地図がついてないじゃないか」
「え?あ、ああ・・・」
(そうなんですよね。地図もなしにいったいどこまで行くつもりだったんでしょう・・・)
正治が見せた不良からの手紙には、確かにいくべき場所は書いてあったが、生き方までが記されていたわけではない。
それなのに、一心不乱に走っていた正治に、美鳥は小さく呟いて、ため息を漏らした。
「それに、その腕じゃ、満足に戦うことも出来ないだろ?」
「そんなことはねぇ!片腕でも、不良の10人や20人、どうってこと・・・」
「いや、そういうことなら俺も助けてやるよ!」
不意にかかった声は我聞のものだった。その声に、清麿も正治も驚く。
「いやしかし、アンタ、仕事が・・・」
「なに、今日のノルマはもうこなしたから大丈夫!それよりも困っている人がいるのに見逃すこと自体が許せねぇんだ!見たところ、ブレザーのアンタはそれほどケンカが出来るってわけでもなさそうだし、金髪のアンタがいくら強くても、卑怯なことをする奴の奇襲は怖いだろう?それに・・・」
そこで我聞は視線を落とし、珍しさからかずっと我聞を見上げていたガッシュの頭に手をやる。
「・・・この子に悪いことをしちまったからな。その分のお返しはさせて欲しいんだ」
「ウヌ!そういう事なら私も助太刀するのだ!」
今ここに、4人の男達による友情が芽生えようとしていた。
そしてその場に居合わせた3人の少女達はというと・・・一人は気絶しており、もう一人はため息すら漏らしていたが、最後の一人は無造作に突っ込まれた上着の間から、あこがれの眼差しを送っていたのである。
(ああ・・・男同士の友情って、いいものですね・・・)
「・・・わかりました。社長の決定に秘書は逆らえません・・・しかし!」
陽菜はしぶしぶという表情だったが、ぐいっと我聞の耳を引っ張って耳打ちをする。
「いいですか。ここから先は社長一人の独断行動です。一銭にもならないということを考えて、下手な行動は慎んでください。仙術の使用も厳禁ですからね!」
「大丈夫!任せてくれ國生さん!」
どん、と胸を叩いて陽菜の言葉に応える我聞。どこまで理解してくれていたのかは正直疑問だったようだが、彼の決定には逆らえないと言うことは事実らしく、手にしていたファイルから一枚の紙を取り出すとさらさらと何かを書き記し、清麿に手渡す。
「では、こちらの方は私の方で面倒を見させて頂きます。事が済みましたら、こちらまで引き取りに伺ってください」
「あ、ありがとう。助かるよ」
その手際の良さに驚く清麿だったが、正直、鈴芽をどうするべきか迷っていた清麿にとってはまさに渡りに船である。
「じゃあ、行こうぜ!もう時間がねぇ!!」
「ああ!」「おう!」「ウヌ!!」
正治の言葉に、清麿、我聞、そしてガッシュが応えた。
そして一斉に駆け出していく男達。
その後ろ姿を、心なしかやわらかな表情で見送り、陽菜はセーラー服の少女を助け起こしにかかったのである。
***
その後、不良達があっという間に倒され、宮原くんが救出されたことは言うまでもありません。
そして。
「自動車解体工場の修繕費がこちらに回ってきているのですが」
「・・・・すんませんでしたぁっ!!」
ため息と共に請求書を見つめる陽菜と、土下座をして謝罪する我聞。
これもまた、言うまでもなかったことかも知れません。
<了>