昔、水野にこんなことを聞かれたことがある。
「高嶺君って、将来はなんになりたいの?」
そう、まだガッシュに出会う前のことだ。
その頃はどんなに難しい本を読んでも理解することが容易だったせいか、なにもかもがつまらなくなり、どんな職に就いても楽しいことなど一つもないんじゃないか、と思っていた。
「さぁな。水野はどうなんだ?」
「え、わ、わたし? そうだなぁ・・・保母さんとか楽しそうだけど、やっぱり一番は、お嫁さんかな?」
いかにも水野らしい答えだな、とその時は軽く聞き流すことしかしていなかった。
恵さんにも、似たようなことを聞かれた。
お互いのパートナーがいなくなった、少し後のことだ。
「これから・・・あなたはどうするの?」
それまで生きてきた時間よりははるかに短い時間だった。だが、その間の生活の充実度ははるかに勝る。
そんな生き方を忘れないように、生きていこうと思い、こんな風に答えた記憶がある。
「少なくとも・・・あいつらがいた時のことを絶対に忘れないように生きるよ。あいつらに教えてもらったこともを、見失わないように、ね」
そして今、俺はモチノキ町を離れ、親父のいるイギリスの大学で教鞭を執っている。
「おはようございまーす!・・・あ、あれ?」
小さなざわめきが、その空間を支配した。
ここは、大学の教授達がその研究の成果を公表するための場所、いわゆる講堂だ。もちろん、大学の敷地内にある。
その空間の中で最も注目される場所、つまりはプロジェクターに写された写真をポインターで示しながら説明を行っていた俺、高嶺清麿にとって、その声はあまりに聞き覚えがあり過ぎて涙が出てきそうな声だ。
そう、思わず叫びたくなるような。
「み、水野!おまえ、何度道に迷ったら気が済むんだよ!」
「え、だ、だって・・・」
「と、とにかく外出ろ、外! 親父、すまないけど・・・」
「ああ。後は私が引き継ごう。一息いれてくるといい」
「ありがとう! ほら、行くぞ!」
「う、うん」
水野の手を取り、講堂を出る。その足が早足だったのは気恥ずかしかったから、だろうか?
水野は既に同じような事件を何度も起こしており、その存在は学内でも有名になっていた。
日本から来た迷い猫、水野鈴芽と。
そんな調子なのだからいまさら恥ずかしくなることもないのだが、付き合いが長いぶん、いろいろと気にしてしまうのだろう、と考えることにした。
「ほら、熱いぞ」
「うん、ありがとう」
手渡したコーヒーカップの中身を、息を吹きかけてさましながら飲む水野を横目で見ながら自分の分のコーヒーを入れていると、一口飲んだだけでテーブルにカップを置いた水野が声をかけてきた。
「ごめんね高嶺君。大事な発表だったんでしょ?」
「いいさ。どうせたいした成果も出ていないし、親父が後を引き受けてくれたからな」
そう答えながら水野と向かい合う席につく。
対する水野は、何度も来て慣れているはずの俺の研究室をきょろきょろと見渡していた。
ほどなく、言葉を発した水野の視線の先には、1枚のパネルがある。
「また、春が来たね。ガッシュ君、元気かな?」
ガッシュが元気一杯に笑っている写真を引き伸ばして作ったそのパネルは、考古学の研究資料が大量にある研究室には似つあわしくないものだと、大学の研究員に言われた覚えがあるが、俺にとってはかけがえのない、大事なものなのだ。
「そうだな・・・どんな時でも一生懸命頑張っているあいつのことだ、きっと元気にやっているさ」
ガッシュが魔界に帰った直後。
クラスメイトのみんなには「イギリスの家族のところに帰った」と言って納得させた。
交換留学生として俺の大学にやって来た水野は、ガッシュが俺のところに遊びに来ないことを不思議がっていたが、本当の事情を話す訳にもいかず、ごまかし続ける毎日だった。
「ガッシュくんもすごかったけど、高嶺君もすごいよ!あっという間に大学を卒業しちゃって、今じゃ教授さんなんだもの!」
「大した事じゃないさ」
そう、大した事じゃない。ガッシュと共に戦い抜いた、壮絶な、魔界の王になるための戦いに比べれば。
二人でくぐり抜けて来たさまざまな戦いに思いをはせていると、ぽん、と手を打ちながら水野が再び声をかけてくる。
「そういえば高嶺君、今日は何の日か、覚えてる?」
「今日・・・? そうか、今日はガッシュが初めて俺の家に来た日、だったな」
それまでガッシュに気がいっていたせいかそう答えてしまったが、水野が直後に見せた否定のまなざしを見た瞬間、別の答えが頭に浮かぶ。
だが、水野はそれを伝える前に目だけでなく言葉で反論してきた。
「そうじゃないでしょ! 今日はね、高嶺君の・・・」
「あ、ああ!そうだった!たった今思い出したよ!」
思わず手をブンブン振りながら、水野の言葉を途中で止めた。すっと、水野が小さな箱を差し出そうとしていたからだ。
そんな俺の言葉にタイミングをずらされたせいか、水野は一度、大きく深呼吸をしてから、改めて言葉を吐き出そうとした。
「高嶺君、お誕生日・・・」
『ハッピーバースデイ、清麿!!』
が、その言葉は更に大きな複数の人物の声によってかき消されてしまった。同時に、研究室の扉を開け、ぞろぞろと入り込んでくる・・・というよりはなだれ込んでくる人々。
「お、お前ら・・・!」
「やぁ清麿、水臭いじゃないか!この絶世の美男子、イタリアの英雄、パルコ・フォルゴレをさしおいて誕生日パーティをするなんて!」
「水野さん、もうちょっと早めに切り出してくれた方が、私としてはうれしかったかな?みんな、声をひそめて待っているの、限界になっちゃった」
「さぁ、行くあるよ!既にパーティ会場は予約済みある!」
「お金のことなら心配いらないよ。僕の会社で予約を取っているからね」
「この日のために、特別にマジョスティック12が一同に会してくれたんだ。感謝してくれたまえ!ハッハッハ!!」
かつて共に戦い、そして王を目指した仲間たち。
フォルゴレ、恵さん、リィエン、アポロ、そしてナゾナゾ博士。彼らは自分のためだけに一堂に会してくれた・・・ただそれだけのことなのに。
涙腺が緩むのを止めることは。俺にはできなくなっていた。
「さぁ、行こうか。これからが誕生日パーティの本番だ。喜びを現すにはまだ早いんじゃないかな」
更に後ろから現れたサンビームさんが手招きをする。そして、俺の背を後ろから押すように、水野がにっこりとほほ笑みかけた。
「高嶺君、いこ!」
「・・・ああ」
袖でぐいっと涙をぬぐい、俺は取り囲まれるように研究室を出た。
魔物達は新たな絆を俺たちに与えてくれた。きっとこの絆は消えることがないものだ・・・それだけは断言することができる。
そしてそれは、ガッシュを中心に生み出されたものだ。
そう、自分の信念を貫いた、あの小さな少年のために、俺は今を、そしてこれからを生き続けるのだ。