公園とは子供の遊び場である。
太陽の光が勢いよく射し込む中、様々な遊具で思う存分に体を動かしたり、友達同士で様々な遊びを実践する場所であり、子供達の社交場とも言えた。
時間は昼下がり。モチノキ町にあるとある公園にも一人の子供がいた。
真っ黒な服、そして胸元に白いリボンをつけた、金髪にまんまる目玉の子供である。
その子の名はガッシュ・ベル。
一見ただの外国人の子供にも見えるが、実は魔界の王を決める戦いに参加している、魔物の子供である。
だが、とある事故により記憶を失ったガッシュは、助けてもらった男、高嶺清太郎に恩を返すために息子の高嶺清麿を鍛え上げると言う使命を受け、はるばる日本にやってきたのだった。
ガッシュが持っていた赤い本を清麿が手にしたことがきっかけとなり、いつしか魔界の王を決める戦いに巻き込まれてゆく二人だったが、ぎりぎりのところで勝利を重ね、なんとかこれまでをしのいでいる。
だが、それでも砂場で一人ぼっちで寂しく砂遊びをしているその姿は、ただの幼児にしかみえない。
「もうすぐ、学校が終る時間だのう…」
公園の真中に設置されている質素な時計に目をやり、ガッシュはつぶやく。
「そうだ!清麿の友達獲得作戦の成果を確認しに行こう!清麿にはもっとたくさんの友達に囲まれてもらわないとな!」
まるで自分自身の寂しさを紛らわせる理由を作り出したかのように意を決したガッシュは、その思いのままに勢いよく立ち上がった。が、その時になって、彼は自分に近付く二つの影に気付いた。
「砂場か…おあつらえむきだな」
「そうだね…まるで僕たちの勝利を予感しているようだよ」
二人組の声がガッシュの耳に入る。そこには、焦げ茶色をした本を手にしたジャージ姿の男と、ガッシュと似た雰囲気を醸し出す子供の姿があった。似ているとはいっても、その目はガッシュより少々細くつり上がっており、服は幼児用の体操服である。
「ヌ、おまえたちは…」
「言わなくても……わかっているんじゃないのか?」
ガッシュのつぶやきに、ジャージの男が答える。そしてその横に連れ添うように立っていた子供は、公園をぐるりと見渡してから、隣にいる男に声をかけた。
「木戸…本がない」
「そのようだな…お前のご主人様はどこだ?」
「そのような事、話す必要もないっ!」
二人組の雰囲気に気付いたガッシュは、清麿をかばうかのように反論した。
だが、木戸と呼ばれた男は動じる風もなく、顎をしゃくり上げた。
「ふん…まぁいい。こいつを絞めあげればそのうち出て来るだろ。もし出て来なかったとしても、こいつを殺せば俺達の勝ちだ」
「ヌゥ…」
ガッシュのその目は、不敵に笑う二人組をにらみつけながら、その思いは共に幾多の戦いをくぐり抜けてきた親友に向いていた。
(清麿…早く来てくれ!!)
授業終了のベルが鳴ると、教室は喚起の声で埋め尽くされる。
金曜の午後の授業と言えば、週末をひかえ、最も期待に溢れる時間であり、また逆に、最も授業終了を待ちわびる時間でもある。
その時間が体育の授業であればまた違うのだろうが、あいにく清麿のクラスは数学だったため、終始重苦しい雰囲気が流れていた。それだけに、授業の終了による解放感はひとしおだったのである。
閑話休題。
高嶺清麿が荷物をまとめていると、そこに教科書とノートをもって駆け寄って来るショートカットの少女がいた。水野鈴芽、通称スズメである。
「高嶺くん、さっきの授業で分からなかったところがあって…教えてほしいんだけど…」
少し遠慮がちに尋ねるスズメ。
このようなやりとりは、実はよくあることだった。以前に宿題の不明点を聞いたところ、素晴らしく分かり易い教えかたで明解に答えを導き出す事ができた事から、スズメは分からない事があったら清麿に聞くようにしているのだ。
そして、こういう時の清麿の言葉は決まっている。
とんとん、と教科書を机の上でそろえると、清麿はスズメの方を向いて一言答えた。
「どこだ?」
「ああっ、ありがとう高嶺くん!」
こうして、清麿は放課後も教室にいる事となった。
もちろん、ガッシュの身に起きている出来事に、この時の清麿には気付く由もなかった。
「サバド!」
本を持ち、木戸が叫びを上げる。
その言葉は呪文の言葉だ。本を通して魔物の子供に力を与え、呪文は効果として世界に現臨する。子供のパートナーが持つ本は、心の力を源にして魔力を鍛える道具なのだ。
木戸の叫んだ言葉もまた、パートナーの子供を通し、効果となって現われた。ガッシュの周囲の砂が隆起し、襲いかかってきたのだ。
「ぐあっ!!」
避ける事も出来ず、砂の奔流に飲まれてしまうガッシュ。
「どうだ?今まで遊んでいた砂に弄ばれる気分は」
くっくっ、と含み笑いを漏らす木戸。姿こそジャージ姿ではあるが、この男、相当悪い事を続けてきたらしい。
「…お主達、こんな卑怯な真似をして楽しいのか?」
しかし、その事に気付かないガッシュは思わず、そんな風に尋ねてしまう。
「ああ、楽しいぜ。王とは弱い者をひれ伏させるものだ。どのような事があっても、気を許すような事があってはいけない…そうだな、サンドラ」
「ああ、王は偉いんだ。誰も逆らう事などできはしないのさ!」
ガッシュの問いに対して帰ってきた木戸とサンドラの言葉は、交渉が不可能であるということを裏付ける言葉であった。
だが、その事に気付いているのかいないのか、ガッシュはその丸い目を、怒りに満ちさせて叫び声をあげた。
「王は…貴様のようなものはふさわしくないっ!王には…王には…優しいものがなるべきなのだ!!」
『…』
そのガッシュの叫びに、二人組が言葉を失う。そして、その表情が少しずつ変わってゆく。それは、見るだけでわかる…明らかな嘲りだ。
「ふはははは!聞いたか木戸!!優しい者だって!お笑いだね!」
「ああ…やれやれだな。そんな夢のようなことを言っていても、所詮、俺達にも勝てないんだぜ?ご主人様にも見捨てられてるくせによ!」
木戸とサンドラの罵倒はなおも続く。状況は完全にガッシュの方が不利なため、どんな言葉を返そうとも、それは負け犬の遠吠えにしか聞こえないのだ。
「く…清麿は来る…必ずだ!」
「すっかり遅くなっちゃったねー」
夕暮れ。
下校時間も迫る頃、清麿による特別講座が終了し、清麿とスズメは一緒に帰途についていた。
授業終了から既に一時間半ほどが経過していたが、まだ日は沈んではおらず、外は明るい。
「いつものことながら、さすがね高嶺君。ほんとに助かったわ」
「そうか…」
晴れ晴れとした表情で、今にもスキップでもしそうな雰囲気で歩くスズメに対し、清麿は何か、冴えない表情をしている。いかにも対照的な二人だったが、そのうち、スズメが清麿の様子に気付き、声をかけた。
「どうしたの?何か考え事?」
「いや…重要なことを忘れているような気がするんだ…何か…」
そうスズメの言葉に応えた瞬間、清麿の脳裏に、その日の朝、母に言われた言葉を思い出した。
『母さん今日、町内の会合で遅くなるから、ガッシュちゃんを迎えに行ってあげてね!』
「…そうか、ガッシュか…」
「え?」
怪訝な顔で、呟く清麿を見るスズメ。
次の瞬間、清麿はいきなりきびすを返すと、今まで歩いていた方向とは逆の方に向かって走り始めた。その方向には、ガッシュが遊んでいる公園がある。
「悪い、用事を思い出した!また明日な!」
「え?…あ、うん、またねー!」
その行動の早さの前に、スズメはただ、手を振って答えるしかなかった。
「参ったな、すっかり忘れていた…この時間だと他の子供達もいなくなってるだろうから、きっと一人だな。ガッシュの奴、ほったらかしにされるとムキになるからな…急がないと!」
だが、公園にたどり着いた清麿の目の前に広がる光景は、予想もしていない光景であった。
「なかなかしぶといな…だが!サバド!」
「ぐ…はっ!」
清麿が公園の入り口までやってきたときに聞こえてきたのは、そんな、二つの叫び声であった。
「ガ…」
その声がした方角…砂場の方を見やると、ジャージ姿の男と体操着の子供の二人組と、その視線の向こうに倒れている子供の姿が見えた。
「ガッシュ!!」
清麿は倒れている子供…ガッシュに駆け寄る。がっしゅはその声に反応すると、ゆっくりと起きあがった。
「お…遅いではないか、清麿。待ちくたびれてしまったぞ」
その声は荒い息に混じって響く。相当の攻撃を受けた証拠だ。
「やれやれ…間に合っちまったか…」
「それでもいいさ…本があろうとなかろうと、僕たちが負けるわけがないんだからね。王となる、このサンドラが!」
見下すような視線をガッシュと清麿に向ける、木戸とサンドラ。その様子に、少しずつ、清麿の中のアドレナリンが勢いを増してゆく。
「お前ら…抵抗もできないガッシュを叩きのめしたのか…?」
「抵抗していない?勘違いするなよ。俺達は戦いの真っ只中にいるんだぜ。武器がないからって手加減してくれる奴がどこにいるよ!」
「そうさ…何者をも反抗させぬ強い力こそが全てをひれ伏させ、このサンドラに王の資格を与えてくれるんだ!」
そして、木戸とサンドラの追い打ちとも言える言葉がついに、清麿の堪忍袋の緒を切った。
「お前らみたいな奴は…絶対に王にはなれない…何故なら…」
清麿はゆっくりと自分の鞄から赤い本を取り出した。学生用の鞄一つを占領してしまうほどの大きさのその本からは、鈍い光が放たれている。清麿の怒りの力に反応しているのだ。
「そんな奴らは俺達が叩きつぶすからだ!!」
鞄を後方に投げ捨て、清麿はガッシュに声をかける。
「ガッシュ…奴らを叩きつぶすぞ!まだ、戦えるな!」
「…ああ…もとろんだとも。清麿さえ来てくれれば百人力だ!」
だが、そんな清麿の怒りの感情は、木戸の感情になんの変化ももたらさなかった。
「ふん…口先だけは立派だな…」
木戸は再び、嘲るような笑みを漏らした。
「ガッシュとか言ったな…そいつの傷具合、疲労…どう頑張ってもサンドラには及ばないと思うがな」
「どうかな…見かけだけで判断して、こいつの根性を見誤るとひどいことになるぜ!行くぞガッシュ!」
「おうっ!」
そして、魔界の子供達の戦いは、本格的にその幕を開けた。
「第一の術…ザケル!」
清麿の言葉が赤い本を通してガッシュに力を与える。
サンドラに与えられたのが砂の力なら、ガッシュに与えられたのは雷の力だ。ガッシュの口から放たれた電撃は、時には校舎を破壊するほどの威力を持つ。
そしてこの時もまた、強力な力を持つ電撃が、ガッシュの口から解き放たれた!
「ふ…甘いな!サンドル!!」
木戸が対抗するように叫び声をあげる。
次の瞬間、砂が一斉に隆起し、サンドラ達の周囲を覆い尽くした。そして電撃は、砂の壁の表面に激突し、弾かれる。
「く…防御呪文か!」
「そうそう思い通りに行くわけがないだろ!サバド!」
そして一瞬、清麿達がひるんだ隙を逃さず、攻撃に転じる木戸。清麿達は砂の奔流に呑まれ、うち倒されてしまう。
「どうした?さっきの勢いは。俺達を倒すんじゃなかったのか?」
砂の中からどうにか立ち上がる清麿達を見下し、嘲笑う木戸、そしてサンドラ。
清麿は、余裕たっぷりの表情を見せる二人を見据えながら、逆転の秘策に頭を巡らせていた。
「そうそう簡単に…俺達を倒せると思うな!」
「そうだ…私と清麿の根性とガッツは…不滅だ!」
「ふん…負け犬の遠吠えだな…なら、とどめを差してやる!サバーグロウ!!」
木戸が勝ち誇ったように攻撃の叫びをあげる。
隆起してきた砂が、今度は塊となってガッシュ達に向かって襲いかかってくる。
「くっ!…第二の術・ラシルド!!」
清麿はその弾丸に対抗して防御の術を叫んだ。清麿達の前に、巨大なシールドが出現する。このシールドに当たったものは全て弾き返され、電撃をまとって術を放った人間に返されるのだ。
だが、サンドラの魔法は意外な形でその防御壁をうち崩す。なんと、塊が展開し、巨大な手となってラシルドを上からはたくように倒してしまったのだ。
そこにできた隙に、同時に発生していた他の砂の弾丸達が清麿達を打ちのめす。
「ぐぁぁぁぁぁっ!!」
「ぬぁぁぁぁっ!!」
思わず叫び声をあげ、倒れ込んでしまう清麿、ガッシュ。
そして、ゆっくりと歩み寄ってくる木戸とサンドラ。
「…これだけの力の差を見せつけてもまだ本を手放さないとは…確かに見上げた根性だな」
「だが、今君たちは僕の前にひれ伏している…」
木戸の持つ本が緩やかに、だがはっきりと光を放ち始めた。最後の一撃を放つつもりのようだ。
「僕たちの…勝ちだ!」
勝ち誇ったサンドラの声が、小さな公園に響く。しかし、その声は清麿には届かない。
清麿は…逆転への最後の詰めを計算している真っ最中だったのだ。
(そう…もう少しだ……もう少しこちらに来れば、確実に…)
清麿の頭がすさまじく回転し…そしてガッシュは、その不屈の闘志を示すかのように、ゆっくりと起きあがる。
「まだだ…私はまだ、戦えるぞ、清麿!」
ガッシュのその言葉は、清麿に対する激励、そして信頼を表していた。必ず、清麿ならこの事態を何とかしてくれると。
「ふん…気合いだけは一人前か…だが、そんなもんで絶対的な力の差をどうにかすることなんて出来ないんだよ!」
「そうだな…次の一撃で終わらせる!」
ざっ。 サンドラと木戸が更に一歩、ガッシュ達の方に歩み寄る。
(…ここだ!)
その瞬間、清麿の頭の中で勝利への道が確実に繋がった。その確信が、瞬時に彼を立ち上がらせる力をも与えてくれたのだ。
「まだ立ち上がってくるか!だがこれで終わりだ!サバド!!」
「ザケル!!」
木戸と清麿が同時に声を上げる。
隆起した砂と、放たれた電撃が空中で激突し、爆散する。
「くっ…まだこんなパワーが…」
すさまじい爆音と衝撃の前に目を背ける木戸とサンドラ。
だがその瞬間、清麿は目も背けることもなく…笑っていた。
「第三の術・ジケルド!!」
清麿は切り札となる叫びをあげた。ガッシュの目の前に光球が出現し、ゆっくりと前進しながらその大きさを縮めていく。
「これで…」
そしてそれに反応するかのように、サンドラの体に何か、黒い物体が付着してゆく。
「俺達の勝ちだっ!!」
「こ…こいつは…」
徐々にサンドラの体を黒く染めていく物質を見て、木戸が声を漏らす。
「そいつは…砂鉄だ。砂の中に含まれる鉄が、今お前のパートナーの体に付着しているんだ」
「…ふ…」
その清麿の答えに、木戸は思わず笑いを漏らした。
「こんなものが付着したからと言ってどうなると言うんだ?確かに多少体が重くなるかもしれんが、そんな程度のことでは俺達の攻撃は止められないぜ。それとも、これで電撃が通りやすくなるなんて思ってるんじゃ…」
「よく見ろよ」
木戸の言葉を制するように、清麿はガッシュの方を指さした。まだ、ジケルドで発生した光球は、確かにその大きさを小さくしていたがまだ消滅してはいない。
そして、光球が小さくなっていくのに呼応して、ゆっくりと、サンドラの体が宙に浮いてゆく。
「俺の狙いは砂鉄を付着させることだけじゃない…砂鉄を付着させることによって、更に巨大な鉄に、そいつを引き寄せることだ!」
その清麿の言葉が終わるか終わらないうちに、サンドラの体がある一点に向かって飛ぶ。
その先にあるもの。それは、子供を縛り付けるには十分な鉄柱…時計台の柱だ。
「ぐわぁぁぁっ!」
柱に張り付け状態になってしまったサンドラはどうにかしてあがこうとするが、全身が強力な磁石となってしまっているため、手足すら動かすことが出来ない。
「さぁ…どうする?まだ抵抗するなら容赦なくザケルを撃つぞ。鉄の塔と繋がっているから、電気をよく通すぜ…」
「く…くそぉぉぉぉぉっ!!」
木戸の叫び声が、日の暮れた公園に虚しく響き渡った。
「ふぅ…なんとか勝ったな…」
「それにしても清麿、来るのが遅かったな。私を迎えにも来ず、一体何をしていたのだ?」
「ああ、いや、それはだな…」
「わかったぞ!さてはお主、母上に言われていたことをすっかり忘れて家に帰っておったな!!」
「ななな…何を言ってるんだ……この俺がガッシュの事を忘れるわけが…!!」
こうして、また一つの戦いが終わった。
だが、清麿とガッシュの戦いはまだ終わったわけではない。
これは、彼らの果てしなき戦いのほんの一ページに過ぎないのだ。
そう、魔界の王となる者が決まるまで、彼らの戦いは続いてゆくのである。